生命を捉えなおす。原因と結果のあいだに足し算が成り立たない生命。相転移によって秩序をつくる可能性。

生命とは不思議である。
生体を構成してる元素や分子はほとんどわかっているけれど、それをどういじくりまわしても生体の特質をあらわさない。生命は線形的なものなのではなく、非線形的なものなのかもしれない。
aとbという原因がそれぞれ単独にはたらいたときにあらわれる結果をそれぞれAとBしたとき、原因a+bがA+Bという結果になるのが線形性で、A+B+XやCというまったく変わった結果になるのが非線形である。
「生命を捉えなおす」リンクより引用
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意外におもわれるかもしれないが、われわれが宇宙のなかで生きているということを記述する科学は、まだないといってよい。「生きている状態」を科学的に記述するには物質の組み合わせをどれほど正確に記述してみても、そこから生命活動は出てこないからである。まして脳のふるまいや意識の活動は出てこない。
 生体を構成してる元素や分子はほとんどわかっているけれど、それをどういじくりまわしても生体の特質をあらわさない。遺伝子の自己複製能力や受精と発生分化のしくみの大半がわかったとしても、そうやって生まれた生命体が自分の内に複製されている情報と、生命活動を始めてこのかた自分の外からとりいれている情報をどのように“擦り合わせている”のかも、まったくわかっていない。
 それよりなにより、いったい物質の組み合わせでしかないはずの生命体が、いつ「生きているもの」になったのかが、まったくわからない。生命の発現は原子が一定のしくみでくみあわさると、アミノ酸やヌクレオチドといった低分子ができ、そこに原子にはない分子独特の性質があらわれることからはじまるのであるが、この段階は構成原子の種類によって変わってしまうのでグローバルな性質が発揮されているとはいいがたい。ところがこれらが100個から1000個へ集合を加えていくうちに、そうした細部の要素に直接に依存しないグローバルな性質が少しあらわれてきて、やがて高分子となった状態に脂質分子が加わるころには、オルガネラ(細胞小器官)としての特異な前兆を発揮しはじめる。
 何が、どこで、どのようにおこったのか。「情報」を主語にするにも、分子生物学の成果だけではほとんど説明がつかない。物質のふるまいを無視して「生きている状態」を語ることもできない。では、どう考えればいいか。本書の出発点はここにあった。
 本書で清水さんが最初に着手するのは、まずは「生きている状態」の“共通分母”をさがすということだった。そのうえで、遺伝子-ゲノム-オルガネラ-細胞-器官-個体-生物社会-生態系といったそれぞれの段階に、何かが「生きている状態」を一貫して共通させている秘密があるのではないかという思考にたつ科学を提案しようとする。
 これは、生命活動には固有の段階をまたいだグローバルな性質があることを仮定した見方である。つまり、生命を「生きている状態」にさせているのは、これらのそれぞれの段階のローカルな構成要素に依存しないグローバルな性質があるのではないかという見方だ。
 観察するかぎりは、遺伝子-ゲノム-オルガネラ-細胞-器官-個体-生物社会-生態系は、それぞれ「生きている」か「死んでいる」か、そのどちらかにしかいない。しかも、生きていても死んでいてもそれぞれの構成要素はほとんど変わらない。つまり、個々の要素の性質をいくら加え合わせても
「生きている」という性質は絶対に出てこない。ということは、この系、すなわち生体系は「非線形」であろうということになる。
 非線形というのは、原因と結果のあいだに足し算が成り立たないような性質をいう。たとえば、aとbという原因がそれぞれ単独にはたらいたときにあらわれる結果をそれぞれAとBしたとき、原因a+bがA+Bという結果になるのが線形性で、A+B+XやCというまったく変わった結果になるのが非線形である。そこで本書の第1の前提は、生命現象はこういう非線形的な性質を本来的にもっているのではないかということになる。
 グローバルな状態をつくっている系には、いくつかの共通の性質がある。そのひとつは非線形ということだが、もうひとつは「相転移」をおこしているということである。その系では「相」が劇的に変わっていく。
 たとえば氷と水と水蒸気は成分は同じでも、まったく異なる「相」をつくっている。層状に流れていた雲がいつのまにかウロコ雲になっているのも、水道の蛇口を少しずつあけていくと、水が糸状から急にねじり状になり、さらに棒状になって、そのうえで突然にバッと開いていくのも、「相」が変わったせいだった。逆に、コーヒーにミルクを垂らしたばかりのときはまだミルクをスプーンで引き上げることは不可能ではないかもしれないが、これがいったん交ざってしまったらミルクは二度と引き上げられない。こうした「相」の変化はあるところを境にして不連続におこる。劇的でもある。それが相転移である。
 おそらく生命現象もこういう相転移をおこしているのではないか。これが第2の前提になる。
 相転移をおこしている系には何がおこっているのかといえば、構成要素の変化では説明しきれない何かがそこに発現していると考えざるをえない。
 
このことを最初に考えたのは反磁性や超伝導体を研究したレフ・ダヴッイドヴィッチ・ランダウで、ランダウはその発生している何かを「秩序」とよんだ。たとえば磁石が強い磁力を発現するのは、構成要素が変わったからではなくて構成要素間の関係が変化したからである。原子磁石の並び方が変わったからなのである。ということは相転移では無秩序なものから秩序のある状態が形成されているということになる。そうならば、生命はまさしくこのような「秩序をつくっている系」なのではないか。これが本書の第3の前提になる。
 では、なぜこのようなことが生命現象で可能になっているのか。こうした現象はいまのところ太陽系では地球にしかおこっていないと考えられる。つまり太陽から適度に離れた系でしかおこらなかった現象である。ということは、「相転移によって秩序をつくる非線形な生命系」の動向には、どこかで「熱の問題」がかかわっているはずなのである。
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秋田稔行
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