戦争に揺れた「上方漫才の父」 没後40年、長女が評伝(朝日新聞・2017/9/6)

戦争に揺れた「上方漫才の父」 没後40年、長女が評伝(朝日新聞・2017/9/6)


「上方漫才の父」と呼ばれた秋田実(みのる)氏(1905~77)の没後40年を前に、長女の藤田富美恵(ふみえ)さん(78)が近く評伝を出版する。
生涯で7千本を超す漫才の台本を手がけた業績の陰に隠された、父親の「もう一つの素顔」を記録した。


「上方漫才の父」が見た旧満州 秋田実氏の遺稿見つかる

■「本当の父の姿知った」

大阪・阿倍野の旧自宅に秋田氏が保存していた戦中~戦後の草稿や掲載雑誌などの資料を、改築の際に藤田さんが引き取り、関西大学へ近く寄贈されるのを機に、児童文学作家でもある藤田さんが父親の足跡をまとめた。

秋田氏は生前、「自分が生涯で漫才の台本を一番たくさん書いたのは戦時中だった」と話していた。

舞台装置はいらず、耐乏生活の中でも無難な娯楽だという側面から、活躍の場はむしろ増えたという。

「節約第一」や「防空戦」など、国策を掲げながらも失敗談などを織り込み、聴衆を笑わせる台本を多く手がけた。

だが、太平洋戦争の開戦とともに、演芸も規制が強まった。

都市への空襲が激化し、劇場や寄席も相次ぎ焼失。敗戦直前に大陸へ渡っていた秋田氏は、家族が疎開していた福井県坂井郡坪江村(現・坂井市)へ引き揚げた直後は、学校の先生になる気だった。

藤田さんには後日、「これからの生涯は小さい時からの夢だった学校の先生になり、学問の研究をしながら過ごしたいと思っていた」と、当時を語ったという。

妻の実家の京都へ転居したのも、その準備のためだった。

「鷲輪津頼」(ワシはつらい)、「冬賀北蔵」(冬が来たぞう)などユーモアものを書く時使った十数通りの筆名とは別に、「石村鞍吉(いしむらくらきち)」という堅い名前でボクシング雑誌の編集も手がけていた。漫才とは異なる収入の手立てを作るためだったという。

「別の道へ進むか、お笑いの世界へ戻るか。半分半分のところで父は揺れていた」と藤田さん。

そんな折、以前から指導していた漫才師の秋田Aスケ氏らが繰り返し京都を訪れ、復帰を懇願。それに折れる形で、若手漫才師らの勉強会「MZ研進会」の指導を引き受け、再び漫才作家の道を歩んだ。

藤田さんは「資料を読み込み、記憶と照らし合わせることで、今回初めて本当の父の姿を知ることができた」と話す。

■素人劇、娯楽補う

評伝は、戦時統制下で大阪市が推進した「お座敷芝居」も紹介している。

条例などで演劇や演芸が制限されるなか、隣組の有志が民家で素人劇を上演し、娯楽の不足を補う趣旨だった。

大阪市は1941年12月~44年4月、計9巻の「お座敷芝居脚本集」を出版。

第1集に、秋田実氏が「慰問袋」、作家の織田作之助氏(1913~47)が「私設人事相談所」という脚本を寄稿した。秋田氏は冒頭に「演(や)る人も観(み)る人も、楽しく、励まし合へる」と、その効能を説いた。

「慰問袋」は、中国戦線が南北2千キロに及ぶという母子の会話が、前線の兵士へ送る慰問袋の中身をめぐる夫婦の掛け合いに移っていく筋立て。夫が思わず薄給を嘆くセリフも入る。

劇場が一般住宅へ疎開したような形で、民家の茶の間が舞台に化け、その隣の部屋が客席に使われた。

演者も見物人も町内の顔見知り。藤田さんは「お芝居をする気分的な余裕はあったのだろうか。それとも、ひとときでも戦争のことを心から外してお芝居に熱中し、気持ちのバランスをとっていたのか」と書いた。

雑誌「上方芸能」を長く発行してきた木津川計さん(81)は「現代の漫才を作り上げた第一人者の秋田さんには、当人が語らなかった領域が二つ残っている。一つは東大で左翼活動をしていた時代で、もう一つは戦時翼賛体制下の創作活動だ。たとえ一部分でも、ご本人のごく近くにいた方の手でそれが明らかにされる意味は大きい」と話す。

評伝「秋田実 笑いの変遷」は9月10日ごろ、中央公論新社から出版される。

秋田實 笑いの変遷
藤田 富美恵
中央公論新社
2017-09-06



〈秋田実〉 
本名・林広次(ひろつぐ)。大阪府生まれ。
1928年に東京大学文学部に入学して左翼運動に関わるが、弾圧が強まるなか大学を中退して帰郷。
31年暮れ、横山エンタツとの出会いを機に漫才の台本作りに進み、音曲中心だった寄席芸の「万歳」から、日常会話主体の「しゃべくり漫才」の分野を確立した。
敗戦直前の45年3月、「満洲演芸協会」の責任者に任じられて中国・東北地方へ渡り、46年11月に帰国。戦後も上方漫才の発展に尽力した。
横山エンタツ・花菱アチャコ、秋田Aスケ・Bスケ、夢路いとし・喜味こいし、ミヤコ蝶々・南都雄二ら多くのコンビを育て、77年10月27日に72歳で死去。
「私は漫才作者」「ユーモア辞典」(全3巻)など著書も多い。




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