番外31.ワタツミとはなにか。

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「番外30.神籠石考-綿花栽培の可能性について」で最も重要な事を書き漏らしていました。


金山彦-スサノヲ系統から、秘密の綿花栽培施設であろう神籠石をお得意の「武力」で略奪したと考えら


れる、イカスリ劉一族は、また津の渡しでもあります。瀬戸内海を葦船で往来しアヒルや鵞鳥にも例える


ことができます。(関連記事:番外21.大山祇系統は高木系(分家)に下剋上されたのか?


彼らは百嶋資料でヘブライの最下層民とされている白氏、河童、河伯と呼ばれている集団でしょう。

 

その実態をわれわれは神沼河耳系統と推測しています。


新羅系図で朴(ボク)氏とされる一族です。


なぜ白氏なのか。彼らは染色技術を持たないために、生成りの麻の服を着ていたことと、一部の心無い


有色人種(おそらくミトラではなくゾロアスター集団)からさげすまされた、アルビノ(突然変異:古代インダ


スで発生したかもしれない核による可能性もある)由来の白い肌を持ったハザールだったからではない


かと考えます。




かれらが仲間割れを起こし、勝者は権力を握った藤原氏となり、敗者は被差別民に落とされているので


しょう。元々は同族です。敗者は食料の鵞鳥を殴って殺すときに「ボクッ」と音がするので、朴氏と呼ばれ


たのだろうと推測しています。この延長上に現代まで続く被差別民の問題が潜んでいるのではないでしょ


うか。(貴族がしない、汚物や死体の処理、家畜の屠殺を生業として生活してきた集団)


いつクーデターを起こされて立場が逆になるかもしれませんから、ことごとく叩きのめしたのでしょう。皆


殺しにすればその仕事をする人がいなくなるので、常に従順な少数を確保しておきます。(現代では


マスコミの言うことを盲信し、選挙で戦前復古主義の日本会議の傀儡清和会自民党に入れるような、経


済優先思考のノンポリのB層市民が該当することでしょう。


政府高官に税金を略奪された学園事件よりも、マッチポンプの北朝鮮ミサイル発射のスピンニュースを


一大事だと理解している人々とも言い換えることができます)


パチンコ資金が北朝鮮の重要な資金ですから、パチンコをしている人は北朝鮮に加担しているのです。


だから、北朝鮮は日本にミサイルを撃ち込むはずはありません。自分の財布を捨て去るほどリッチでは


ないし馬鹿ではありません。


パチンコをする人は北朝鮮のミサイルを非難することはできません。


さて、これまでわれわれは百嶋資料の表面上の呪縛にかかっていたこともあって、白氏と白族は異なる


集団だと思い込んでいました。しかし、すこしずつ全体的な流れがわかってくると、 河伯(ハベク)は勝者


の子孫(ざっくり藤原氏)によって白川伯王を創作し、持ち上げられたのではないかと考えるようになった


のです。


つまり正義の味方(ミトラと言い換えても良い)としての白川伯王などは存在しないのです。


ベースは中臣烏賊津臣(スジン)流審神者(さにわ)でしょう。神社創建ラッシュの大同二年807年に古語


拾遺(こごしゅうい)を編纂した斎部広成(いんべのひろなり)も天太玉=豊玉彦を祖とする忌部(いんべ)


氏ですから、彼らは同族だろうと思われます。あるいは生き残るために、権力に迎合した出自を語ったの


かも知れません。


彼らは偽天皇家を守る八咫烏として列島(西国:伊勢-鈴鹿ー敦賀ラインから西か?)を陰で牛耳ること


になります。現在でも天皇の即位の大典では重要な役割を担っています。


百嶋系図では八咫烏を豊玉彦としています。


これまでわれわれは百嶋資料の表面上の呪縛にかかっていたこともあって、白氏と白族は異なる集団


だと思い込んでいました。しかし、すこしずつ全体的な流れや言葉の持つ意味を調べるようになると、豊


や玉が男の名前に用いられることの不自然さを理解するようになって来ました。その帰結として、豊玉彦


は創作された人物と判断しました。豊玉彦の実態は、スサノヲ、五瀬、タケミカヅチ、ナガスネヒコ、ニギ


ハヤヒを、神話製作者(イカスリ代表不比等と反対勢力の代表人麻呂)が臨機応変に用いたものだと推


測しています。具体的に言うと、大幡主、豊玉彦は実在しないということです。百嶋先生は、豊玉彦は完


全に隠されていると言っておられましたが、実在しないのですから表に出しようがないのです。


豊玉彦はわだつみ=海神とも言われています。通説でいう海人族の祖となります。


「ワタツミ」をwikiより引用

 

ワタツミ・ワダツミ(海神・綿津見)とは日本神話の海の神のこと、転じて海・海原そのものを指す場合も

 ある。 「ワタ」は海の古語、「ツ」は「の」、「ミ」は神霊の意であるので、「ワタツミ」は「海の神霊」という意味にな る。

『古事記』は綿津見神(わたつみのかみ)、綿津見大神(おおわたつみのかみ)、『日本書紀』は少童命

 わたつみのみこと)、海神(わたつみ、わたのかみ)、海神豊玉彦(わたつみとよたまひこ)などの表記で 書かれる。

日本神話で最初に登場するワタツミの神は、オオワタツミ(大綿津見神・大海神)である。神産みの段で

 伊弉諾尊 (伊邪那岐命・いざなぎ)・伊弉冉尊 (伊邪那美命・いざなみ)二神の間に生まれた。神名から 

海の主宰神と考えられている。『記紀』においてはイザナギは素戔嗚尊(須佐之男命・すさのを)に海を

 治めるよう命じている 

イザナギが黄泉から帰って禊をした時に、ソコツワタツミ(底津綿津見神)、ナカツワタツミ(中津綿津見神)、ウワツワタツミ(上津綿津見神)の三神が生まれ、この三神を総称して綿津見神と呼んでいる。この三神はオオワタツミとは別神である。この時、ソコツツノオノミコト(底筒男命)、ナカツツノオノミコト(中

 筒男命)、ウワツツノオノミコト(表筒男命)の住吉三神(住吉大神)も一緒に生まれている。 また、綿津見神の子のウツシヒカナサク(宇都志日金析命)が九州北部の海人族であったとされ阿曇連(阿曇氏)の祖神であると記している。現在も末裔が宮司を務める志賀海神社は安曇氏伝承の地である。 

山幸彦と海幸彦

 

山幸彦と海幸彦の段では、火照命又は火須勢理命(海幸彦)の釣針をなくして困っていた火遠理命(山

 幸彦)が、塩土老翁の助言に従って綿津見大神(豊玉彦)の元を訪れ、綿津見大神の娘である豊玉姫と 

結婚している。二神の間の子であるウガヤフキアエズはトヨタマヒメの妹である玉依姫に育てられ、後に

 結婚して神日本磐余彦尊(神倭伊波礼琵古命・かむやまといわれひこ)らを生んでいる。綿津見大神の 

出自は書かれていないが、一般にはオオワタツミと同一神と考えられている。


神話は、真っ先にスサノヲが海を治めるのですから、オオワタツミ(海神)はスサノヲであるといっていま


す。


また海神豊玉彦とも言っていますから、ごく素直に考えれば、スサノヲ=豊玉彦になると思います。


この一行で何を導こうとしているかばれてしまいましたね。


素直に考えるのです。


ワタツミは綿摘み、あるいは綿積み。


オオヤマツミも大山=神籠石のあるお山で綿花を摘む名前だと連想できることでしょう。


日本総鎮守大山祇神社のある愛媛県今治市の大三島は瀬戸内海海運の要衝です。山の神とも海の神


とも言われています。瀬戸内海の制海権をもっていたと思われます。


海を古語でワタという理由が、海岸に寄せる波の泡沫(うたかた)が綿に見えたからだという解説は見当


たりませんが、そうだとすれば、その時点で綿花が一般的だったことになります。


イカスリ劉一族は現在の言語で言えば英語を使っていたらしいことを、これまでの記事でも報告していま


すが、たとえば新田原をNEWタバル、岡山にあるHILLゼン、鳥取の語源がTAKE THE REED(葦を


採る人:葦船を作るために)などから考えれば、ワタはWATERであることが語源であるかもしれません。

 




葦舟プロジェクトさんのHPより引用

そうであればワタツミとは、WATER TO ME(水をくれ)となり、上陸するなり、真っ先に新鮮な水を求め


た、「津の渡し」をありありと推測できます。あるいは、日当たりのよい秋の大山(神籠石)で綿花(ワタ)採


りにいそしんでいた作業者が喉が渇いて WATER TO ME といったもかもしれません。


綿花(ワタ) TO ME (綿をよこせ)といって受け渡しで積荷をしていたかもしれません。


津の渡し集団が九州北部から瀬戸内海沿岸の綿花生産地である神籠石を手中に収め、半島、大陸に


輸出していた可能性を指摘しておきます。しかし彼らイカスリ劉一族は大陸で認められることはありませ


んから、すぐにその実態が露見し、輸出停止となった可能性が高いものと考えています。


その結果、神籠石綿花栽培地は捨てられ、一部が山城として使われるにとどまったのではないでしょうか。



百嶋由一郎先生の講演会CD、資料、神代系図を入用の方は、常陸国ふしぎ探検隊河野まで。

メール k_kplanning @yahoo.co.jp


  
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