海津に「平田靱負ロード」 宝暦治水の功績たたえ(中日新聞・2017/7/5)

海津に「平田靱負ロード」 宝暦治水の功績たたえ(中日新聞・2017/7/5)


江戸時代に木曽三川の治水工事を指揮した薩摩藩家老の平田靭負(ゆきえ)(1704~55年)の功績をたたえる催し「ゆきえサマーフェスタ」が、海津市の平田公園であった。

平田町今尾から勝賀までの大榑川左岸道路8キロを「平田靭負ロード」、沿道の桜約1000本を「平田靭負桜」と命名した看板をお披露目した。 

徳川幕府の命を受けた宝暦治水の木曽川分流工事で、一七五四(宝暦四)年二月から翌年五月にかけて行われ、薩摩藩士ら約千人が従事した。
靭負は総奉行として工事を指揮し、完了後に病死したとされる。

町名の由来にもなった平田靭負の功績を広めて公園もPRしようと、公園の指定管理者「技研サービス」(岐阜市宇佐南)や地域住民らがフェスタの実行委を設立。
その一環で愛称命名が企画され、今春に松永清彦市長の快諾を得たという。

フェスタの冒頭に看板の除幕式があり、松永市長や宝暦治水史蹟(しせき)保存会の中西達治会長(77)、平田靭負から数えて九代目の平田好二さん(50)らが出席。
完成した看板は園内の滑り台に設置し、同時に作成したマップは園入り口に備え付ける。

多数の犠牲者を出した薩摩義士や、平田靭負の姿が描かれた紙芝居も上演された。
海津市南濃町の大久保江澄さん(73)は「初めて見たが、紙芝居でよくわかった」と話した。

平田さんは「薩摩藩に恩を感じてイベントにしてくれることはもちろん、これが後世への防災意識につながっていることが伝わってくるのがうれしい」と強調した。
紙芝居を作った中西会長は「皆さんに素直に受け入れてもらえたように感じられて、よかった」とほほ笑んだ。

孤愁の岸(上) (講談社文庫)
杉本 苑子
講談社
1982-02-10


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