温泉神社

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大黒天のある雲仙普賢岳は、まだ記憶に新しい火砕流で砕流は「定点」に居た報道関係者16名(アルバイト学生含む)・火山学者4名(案内役含む)・消防団員12名・タクシー運転手4名・警察官2名・選挙職員2名・住民4名の合わせて43名の死者・行方不明者と9名の負傷者を出す惨事となったことでも有名です。

画像はお借りしました。

 

普賢岳の名前の由来は噴火の数十年前に山に普賢菩薩っていう仏様を祀る祠が建立されたことによるそうです。

 

その温泉街の街中に温泉神社という神社が建っています。

この温泉ですが雲仙はもとは「温泉」の表記で「うんぜん」と読んでいたようですが、ここは「おんせん」と読むようです。

祭神

白日別命(しらひわけのみこと)、速日別(はやひわけ)命、豊日別(とよひわけ)命、豊久土比泥別(とよくじひねわけ)命、建日別(たけひわけ)命を祀る。

そこから「四面宮」とも称された。

 

由緒

日本の古い書物に「古事記(こじき)」〔和銅5年(712年)完成〕という書物があります。その古事記の国生み神話の中に「身1つに面4つ有り、それぞれに名前が付ている」と記されています。

この神様が温泉神社のご祭神(さいじん)です。

社伝によると、大宝元年(西暦701年)島原半島 雲仙の地に祀(まつ)られたと言われています。

鎌倉時代、弘安4年(1281年)福岡県博多に蒙古襲来の時、身一つに面四つの勇士が現れ、敵をあっという間に倒しました。名を尋ねると肥前の国温泉山の者だ。と言い残し立ち去りました。後に、温泉神社の神だとわかり、人助けの神、武道の神として九州の大名が年1度参拝するようになったそうですです。

その後、雲仙に祀られた神社はたくさんの人に親しまれていたのですが、何せ今と違い昔は雲仙の山は道も険しく女人禁制(にょにん)であったため、ふもとに誰もが気軽にお参りできる神社をと、この加津佐温泉神社が祀られました。

最初は現在の加津佐町上登龍(かみとうりゅう)〔昔は神逗留(神様がとどまった所という意味)〕という所に祀られていたのですが、島原の乱のキリシタンによる焼き討ちや、加津佐の大火事による焼失に合いながらも現加津佐町愛宕町付近(昔は地名を元四面と言った)→現加津佐町役場付近→現在の地に遷されました。

古くは筑紫国魂神社(つくしくにたまじんじゃ)、四面宮(しめんぐう)と称し、地元では今でも、お四面様(おしめんさま)、お四面さん(おしめんさん)と言われ親しまれています。     温泉神社の歴史より

 

白日別命、豊日別命、豊久土比泥別命、建日別命の4柱は筑紫島(現九州島)4箇国(筑紫、豊、肥、熊曽国)の別名とされ(『古事記』)、そこから「四面宮」とも称された。

とされますが祭神にある速日別とは「有明海は速日別」と云われているようでその速日別とは饒速日尊を指すようです。

 

五神なのに四面神とは

最近判ったことでは豊日別が天照大神(同体の猿田彦(饒速日尊(山幸 大己貴))を指すのだとすると速日別(饒速日尊)と豊玉媛(アメノウズメ〈天鈿女命〉)を合わせた神が豊日別であり天照大神であると考えざるえないようです。

 

更に調査すれば、それは明らかになるかも知れません。

 

さて神社ですが

こちらから雲仙地獄という公園に入れるそうです。

こちらではキリシタンの弾圧の為、33人ものキリシタンが熱湯を浴びせられ拷問で亡くなったそうです。

いやー暑かったー(;^_^A


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