功績しのび響く歌声 滝廉太郎115回忌(大分合同新聞・2017/6/30)

功績しのび響く歌声 滝廉太郎115回忌(大分合同新聞・2017/6/30)


歌曲「荒城の月」「花」など日本人の情感を表現する数多くの名曲を残し、23歳の若さでこの世を去った滝廉太郎(1879~1903)。115回忌を迎えた29日、12歳から約2年半を過ごした竹田市で、功績をたたえ追悼する行事が営まれた。


記念館で追悼祭

滝廉太郎追悼祭は、市内竹田の滝廉太郎記念館の蔵で開かれた。
同館関係者ら25人が出席。銅像に献花し、滝廉太郎の歌をうたう会(上島富士子代表、13人)が100年以上にわたり歌い継がれる名曲を響かせた。

同会メンバーは2カ月前から練習を重ねた。
追悼コンサートでは初めに参列者と「荒城の月」を献歌。「四季の瀧」「メヌエット」など滝廉太郎が作った12曲を披露した。

伴奏した岩川レイさん(28)=荻町大平=は「市内ではいつも滝廉太郎の曲が流れている。地元にとって大切な音楽家」と話した。

館長の志賀郁夫市商工観光課長は「短い人生でも素晴らしい楽曲を残してくれた。病気で倒れなかったらと思うと残念でならない」とあいさつした。


母校・竹田小で滝祭

滝廉太郎の母校、竹田小学校では「第54回滝祭」があり、児童164人が大先輩をしのんで劇や歌を披露した。

同祭実行委員会の5、6年生11人は劇「滝廉太郎先生の生涯」を演じた。
12~14歳まで市内で友達に囲まれて過ごした様子や、家族の反対を押し切って東京の音楽学校に進学しドイツに留学したエピソードなどを盛り込んだ。

肖像写真が飾られた祭壇を前に、全員で「荒城の月」を合唱。献花をした6年の大崎桜子さん(11)は「練習を重ねた歌が滝先生に届いたと思う」と話した。


声楽コンクールの70周年記念誌発刊

竹田市は、昨年70周年を迎えた滝廉太郎記念全日本高校声楽コンクールの記念誌(A4判一部カラー、68ページ)を発刊した。

同コンクールは、滝廉太郎を顕彰し若き声楽家を育成するため1947年に創設された。
対象は高校生で、声楽家や音楽家を目指す出場者が競い合い、学ぶ機会になっている。1、2位の入賞者には滝廉太郎賞としてウィーン研修の機会が与えられている。

記念誌には70回大会のグラビア特集や審査委員長のインタビュー、過去の入賞者のメッセージを収録。59回大会以降の歌声を収録したDVDも付いている。

500部を印刷。定価は千円(税込み)。
購入、問い合わせは同コンクール事務局の市文化政策課(TEL0974・63・4837)へ。


<メモ>
滝廉太郎は東京生まれ。
1891年、父吉弘が直入郡長に任命されたのを機に竹田市に移住。翌年1月に旧直入郡高等小学校2学年に転入した。
住居だった記念館で2年半を過ごした後、東京高等師範学校付属音楽学校予科(現在の東京音楽学校)に進んだ。
かっけの静養で竹田に戻った97年に「散歩」を発表した。



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