部屋の中をぐるぐる歩き回る者

アパート 部屋

 

知り合いの本田(仮名)が、仕事の関係で1ヶ月ほど小田急線沿いの某町に引越しすることになった。

 

仕事が休みだった土曜日、友人2人(A、B)と俺の合わせて3人で、本田の引越しを手伝うことになった。

 

滞在予定期間も1ヵ月と短く、また小規模な引越しだったので、当日の昼過ぎには荷物を運ぶ作業も終わり、雑然としたその部屋で酒を飲みながら麻雀をやった。

 

俺は翌日早くに仕事があったので、先に切り上げることになった。

 

終電に乗り、20分もすれば自宅に着くような距離だった。

 

数日後の平日、引越しを手伝った友人のAがうちへ遊びに来た。

 

2人で飲んでいると、「あいつの家で不思議な体験をした」と言ってきた。

誰かが部屋の中を・・・

あの日、俺が帰った後に3人で飲んでいたそうだが、次の日も休みだからと、そのまま雑魚寝していたらしい。

 

だが、部屋の主の本田は翌日に仕事があったので、床に転がっている2人(A、B)を置いて仕事に行ったのだそうだ。

 

寝ぼけまなこの状態のAは横になったまま、細い目で本田を見送った。

 

しかし数分後、本田が戻って来たようだった。

 

部屋をぐるぐる回っているので、「忘れ物でもしたのか?」と寝ながら様子を見ていた。

 

だが、どうも様子がおかしく、物を探しているというよりは、ただ部屋を徘徊していた感じだったという。

 

しまいには、部屋の隅で座ったまま動かないので、「どうかしたのか?」と思ったAは、重い体を起こして部屋を見渡すと、部屋には自分と友人B以外、誰も居なかった。

 

「あれは、どうも本田じゃなかったと思うんだよ」とAが言うので、「金縛りで見る幻覚じゃないのか?不思議なこともあるもんだな」と俺は首を傾げた。

 

よくある体験話だし、その時は特に気にも留めていなかった。

 

次の週末、引越しに携わった4人で仕事終わりに飲むことになった。

 

他愛のない話をしていると、「数日前に不思議な体験をした」とBが言い出した。

 

話を聞くと、Aが体験したものと同じような体験をしていたようであった。

 

それを聞いて面白くなったAは、「俺も数日前に同じような体験をした」と言った。

 

そして2人の体験談を聞いた本田が、さらに奇妙なことを言い出した。

 

「実は俺も最近、自分の家で寝ていたら、誰かが部屋の中をぐるぐる歩き回るんだよ。でも起きたら誰も居ないんだよな」

 

・・・と、AやBと同じようなことを言い出したのである。

 

AとBが、「俺たちの話はお前の家で起きたことだぞ?」と言うと、怖い話が苦手だった本田は、すっかり縮み上がってしまった。

 

「おい、一緒に来てくれよ。俺、もうあの家に帰れないよ」

 

その日、怖がりの本田は家へ帰れるわけもなく、しばらくAの家に泊まることになった。

 

しかし、部屋を放っておくわけにもいかないので、翌日に再び4人で本田の家に行こうということになった。

 

次の日の昼、最寄の駅で集合し、4人で本田の家へ向かった。

 

1ヵ月ほどの滞在ということだったので、至って普通の安アパートの一室だ。

 

引越し当日こそ何も感じなかったが、3人が同じ奇妙な体験をしたこともあり、『何かあるはずがない』と思えるわけもなく・・・。

 

部屋に入ると薄気味悪く、何か不穏な空気が漂っているように感じた。

 

しかし、部屋に特筆するほど変わった部分があるわけでもなかった。

 

「なあ、このタンス、Aが運んだの?」

 

Bが部屋の片隅にあるタンスを触りながら、何気なくAに尋ねた。

 

Aはそのタンスを運んで来た覚えが無く、「そもそもこんな大きいもの持って来たっけ?」という話になった。

 

すると本田が、「そのタンスは元々あったやつだ」と言った。

 

「もったいないからそのまま使ってくれ」と大家が言ってきたそうだ。

 

タンスはいかにもタンスらしい普通のもので、中に何か物が入っているわけでもなかった。

 

やはり見渡す限り部屋には何も奇妙な点は無く、特にやることもないので、本田は荷物の細かい整理を始めた。

 

向かいの壁に背を付けるほど離れてタンスを見ると、ちょうどタンスの上端、奥の壁に、木の枠のようなものが見えた。

 

つま先を伸ばし、背伸びして見ると、押入れや窓の枠のような、木で出来た囲いがはっきりと見えた。

 

「タンスの奥に何かあるんじゃないのか?」と思った俺は、3人を呼んで重いタンスを横にずらした。

 

タンスの裏には、木の扉で出来た小さな押入れがあった。

 

「何故これを隠すようにタンスを置いてあったのか?」と考えると、ゾッと背筋が寒くなった。

 

ただ呆然と押入れを眺める4人の間には、異様な雰囲気が漂った。

 

居ても立ってもいられなくなったAが、扉に手をかけた。

 

「おい!」と静止しようとしたが、Aは構わず勢いよく扉を開けた。

 

「うわっ!!」とAは叫び声を上げ、何かに驚いて尻餅をついた。

 

どうしたんだと思い押入れの中を見ると、暗い空間の中に『一体の人形』がポツンと座っていた。

 

見た感じでは普通の人形であったが、3人の霊的現象の媒体だと考えるには十二分に相応しい雰囲気を醸(かも)していた。

 

人形には触りたくもなかったが、その人形を持って不動産屋へ事情を訊きに行くことにした。

 

駅まで歩いて電車に乗り、ひと駅先にある不動産屋に着いた。

 

事情を話し、人形を見せて尋ねると、不動産屋の担当者は心当たりがあったようで話をしてくれた。

 

なんでもこの人形、あの部屋に以前に住んでいた母子家庭の女の子が持っていたものだという。

 

「忘れて置いて行ってしまったんだね」と担当者は寂しそうに言った。

 

その家族は実は、このアパートに戻って来る予定だったそうだ。

 

だが、女の子が重い病気を患ってしまい、長く入院する必要があった。

 

その為、入院先の大学病院に近い場所へ一時的に住むことにし、やむなく引越しをしたそうだ。

 

しかし数ヵ月後に母親が訪れ、「もう部屋は必要無くなったので・・・」と話をしたという。

 

担当者は深く理由を尋ねなかったが、おそらく女の子の手術に失敗したのでは、と思ったそうだ。

 

そのしばらく後に、本田が入居して来たようであった。

 

話を聞いた俺たち4人は、部屋を徘徊していた人影の正体は、人形を探していた女の子だったのでは?と全員が思った。

 

とにかく、「その家族に返してあげて下さい」と人形を担当者に渡し、俺たちは帰路についた。

 

「これで霊的現象は無くなるのならいいんだけど、でもあの部屋にはもう戻れないな」、とポツポツと話しながら駅に向かっていた中で、長い沈黙が続いた後に唐突にAが口を開いた。

 

「あれは女の子じゃなかった・・・」

 

奇妙なことを言い出したのである。

 

「はっきりと見たわけではないが、感覚というか、そういうもので何となく分かる。あの人影は女の子じゃなかった」

 

そしてなんと、人影を見た俺以外の3人が、共に口を揃えてそう言ったのである。

 

折角、不動産屋から事情を聞いて、やっと理解しかけたところだったのに、それだと意味が分からないじゃないかと思った。

 

「じゃあ、女の子でなかったとしたら何だったと思うんだよ?」と3人に尋ねると、全員が同じ答えを言った。

 

「あれは人形だった」

 

(終)

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