栃木出身「ビール麦の父」 田村律之助、生誕150年で企画展 遺品など展示し顕彰会も発足へ(下野新聞・2017/6/6)

栃木出身「ビール麦の父」 田村律之助、生誕150年で企画展 遺品など展示し顕彰会も発足へ(下野新聞・2017/6/6)


ビール麦の契約栽培を普及させた功労者で市出身の田村律之助(たむらりつのすけ)(1867~1932年)を郷土の偉人として広く発信しようと、市民有志による顕彰団体「田村律之助顕彰会」が25日に発足する。

ことしが生誕150年の節目に当たることから、田村が学んだ「知新館」が前身の大平南小の関係者らが中心になり、地域を巻き込んで準備を進めてきた。

発足に先立ち10日から、企画展を大平町西山田の市おおひら歴史民俗資料館で開く。

田村は水代村(現大平町西水代)生まれ。
東京農林学校(現東京大農学部)を卒業し、水代村長や県農会会長などを務めた。

明治時代後期にビール麦の契約栽培をいち早く導入し普及させ、全国屈指の本県ビール麦栽培の礎を築いた。

顕彰会は、6年生の総合学習で5年間にわたり田村を取り上げた大平南小の前校長鈴木広志(すずきひろし)さん(56)らが呼び掛け人。

田村の誕生日の翌日の25日午後1時半から、同歴史民俗資料館と隣接する市おおひら郷土資料館白石家戸長屋敷で発足会と記念講演を行う。

当初の会員は同校教諭、PTA、地域、ボランティア、市などの約20人の予定。

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