下部町常葉馬場家家系由来書  馬場美濃守信房

下部町常葉馬場家家系由来書

其祖ハ清和天皇後裔丹後守忠次ト稱スル者元弘建武の乱ヲ避ケ甲州都留郡朝日馬場村北東ノ億ニ隠住ス。
武田氏ニ仕ヘ地名ヲ取リ馬場姓トス。妙圓寺ヲ開基シ黒印五石ヲ寄付シ殿堂ヲ建立ス。清和天皇ヲ祀リ後相州鎌倉八幡 宮ヲ氏神ニ祀リ之始祖也(中略)

信房

伊豆守虎貞信虎ノ暴虐ヲ憂ヒ屡直諫ス。信虎容レス。虎貞之カ為メニ遂ニ殺サル。馬場系血是ニ於テ手絶エントス而時常葉次郎ナル者馬場家ヲ継グ。馬場美濃守信房ト稱ス。(中略)  

下部町馬場家関係記述 抜粋

『甲斐国志』志庶部 第百十七巻代十六

○ 常葉院の牌子に昌厳院笑岩道快居士 天正拾午年六月廿一日
(一ノ瀬妙圓寺ニ丹後守忠次、法名日瀬トアリ。北川ノ妙立寺ニ丹後守
ノ女法名ハ妙来ト云アリ。其状ニ記セ)

○ 妻ハ繁宝妙昌大姉天正十一年四月七日

○ 同但島守(丹後守ノ名ナリト)仙岳宗椿上座 同八辰年正月一日

○ 妻ハ雲岳理庵大姉 同年八月五日

○ 同五郎左衛門 東前院傑翁良英庵主同十八寅年八月十五日

○ 妻ハ昌英院玉瀬清昌珍大姉文禄元辰年十一月十五日

此二牌子ハ当村東前院ニアリ。五郎左衛門ノ位牌ハ早川法明院ニモアリ 

○ 同八八郎左衛門 清雲院宗岸宗茂上座文禄四未年七月十五日

○ 同彦之丞 恕山道思禅定門 右ニ載スル所原記ノ支干錯乱シシヲハ今繕
写スト雖モ亦其実ヲ得タリト云フベカラズ
○ 里人別ニ馬場弥五郎、弥次郎ナド云人ヲモ云伝ヘタリ
○ 本村諏訪明神ノ社記ニ元禄九丙子年
(馬場八郎左衛門忠次、渡辺十郎右衛門正次)
神殿再興云々是モ元禄ノ字ノ誤リアルヘシ又丹後守源信ト記セリ皆ナ後
世ノ為飾信用シ難シ
○ 按ニ軍艦ニ穴山衆 馬場八左衛門見エタリ云々
【註】加賀美遠光-秋山光朝-常葉光季……常葉次郎
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