素堂周辺北村季吟と湖春(季吟の子)&林道春 『雨憲閑話』

北村季吟と湖春(季吟の子)&林道春 『雨憲閑話』
 
天和貞享の頃、江州の北村季吟法印花の本の宗匠になりて、連歌の会を催す
  まさまさと在すが如し魂祭   季吟
と云う句を吐き出して、百韻既に半ばにも至る頃、季吟がせがれ、その時未だ十歳にて傍らに在りしが、小便に立ちけり。
季吟曰く、其の方何れにゆくやと、湖春は小用に立つと答える。
季吟曰く、我が倅連歌を身に入りて、居たれしたりといはんには、道に置いて規模なるべし。其の儘そこにて小便を致し候へと申しけるとぞ。これ等雑談ながら、道に敢ての心入、他事なき事感じるに余りあり。林道春幼少の時も、これに似たる事あり。千勝丸とか云て家貧しく、その上父病屈していける折しも、ある方より鐘の銘を書き呉れよと頼み来る事有り。父は医者にて有りしかば、ケ様成る事を作る事は家業に似たれど、この程病気にて難しく思い、等閑に打ち捨て置けるを、度々催促申し来れるまゝ、千勝丸子供心にも気の毒に思い反故の裏へ件の鐘の銘を書きて父に見せれば、是を見て大いに驚き且つ賛嘆しその文章華美にして證意詳細なり。得も言われぬ面白き事なりと感誦する。道春七歳の時の事なりとぞ。今に其の反故の裏に書きたる鐘の銘は、林家に有りと聞き及びぬ。または道春父の服用する薬煎じ乍ら、火箸にて灰に何やらん書ている故、父は是を見て何を書しにやと申しければ、金の銘が余り遅くなり、度々催促申し来気の毒に存じ候故に、認めて見候と申しければ、父さらばその裏に書いて見せよとて、反故を出してその裏に書かせて見るところに、絶倫の事為れば、大いに感称すといへり。
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