第2位【ガイウス・ユリウス・カエサル】132.カエサルの凱旋式

 カエサルの凱旋式は、古式に忠実に挙行された。

 パレードに参加する、全員が、城壁外のマルス広場に集合し、独裁官の権利で、24人のリクトル=警士を従えた、カエサルが、姿を現すと、軍団長の号令で、軍団兵達は、一斉に、敬礼で迎える。

 パレードの先頭は、元老院議員及び、政府の高官達である。

 その後に、楽隊、戦利品を満載した馬車、勝利に終わった戦役の様子を描いた、プラカードの列が続く。

 そこには、ガリアの地図の上にローマの軍団旗の鷲旗が打ち立てられた絵、カエサルの前へと跪く、ヴェルチンジェトリックスの絵、「来た、見た、勝った」の言葉、ユバ王とペトレイウスの相討ちの絵、自らの内臓を掴み出して死ぬ、小カトーなどが、描かれていた。

 その後には、前節で述べた様に、ヴェルチンジェトリックス、アルシノエ、ポントス王の息子、ユバ王の息子など、敗者を乗せた、馬車が続く。

 そして、行進の最後に行われる、祭祀で犠牲に供される、白牛と、祭司達が続く。

 カエサル自身が、最高神祀官であるため、通常、祭司達の先頭に立つ、最高神祀官は、カエサルの凱旋式にはいなかった。

 そして、その日の凱旋式の主役である、四頭の白馬の引く、戦車に乗った、凱旋将軍、カエサルが、白いトウニカ=短衣の上に、成功な浮彫を施した、黄金の胸甲を身に纏い、紫の大マントを羽織って、登場する。

 左手には、象牙に金の飾りの指揮杖を持ち、頭には、緑色の月桂冠を被る。顔は、魔除けを意味する、赤に塗られていた。

 凱旋将軍のカエサルの後には、彼の幕僚達が、騎馬姿で進み、その後に、ローマでは、最早、知らぬ者のない、カエサルのゲルマン人の騎兵団が続いた。

 丈高く、頑強な体格、金髪碧眼のゲルマン人達は、ローマ人の目を引きつけたのである。

 続いて、ローマの軍団兵達が、姿を現す。各軍団が、軍団旗の鷲旗を先頭に、軍団長、大隊長、百人隊長と、軍団、大隊、中隊ごとに隊列を組んで、行進する。

 全員が、槍と剣を持っての軍装である。

 そして、彼等は、一斉に、シュプレヒコールを唱和する。

 凱旋式に唱和する言葉は、軍団兵に認められた、権利であった。

 カエサルの凱旋式では、「市民達よ、女房を隠せ。禿の女たらしのお出ましだ!」と唱和された。

 凱旋将軍の威光に水をかける、シュプレヒコールは、神々が、凱旋将軍に嫉妬しないようにとの理由で、人々を笑わせる、冗談になるのは、ローマの凱旋式の伝統であった。

 しかし、凱旋式のパレードが、ローマの神々の住まう、カピトリーノの丘に達すると、軍団兵達も、シュプレヒコールの唱和を慎み、厳粛な顔つきに変わる。

 そして、神々への戦勝報告と、感謝を捧げる儀式が、行われるのである。

 不死の神々に、戦勝を報告し、感謝を捧げると、凱旋式は終了する。

 その後、最高神のユピテルに捧げられた、神殿の内殿には、凱旋将軍が、一人で残る。

 カエサルの脳裏には、長く、厳しかった、苦難の歳月が、甦ったに違いない。

 八年に及んだ、ガリア戦役における、七年目のアレシアの攻防戦。

 ルビコン渡河の決断。

 ポンペイウスとのファルサルスでの決戦。

 タプソスの戦い。

 それらの全てに勝利を治め、カエサルは、ローマ世界の覇者になったのである。



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