鶴ヶ岡城に登城!

山形2日目は鶴ヶ岡城から。ここ無料駐車場が多くてすごい助かる!
鶴岡公園として整備されている鶴ヶ岡城跡。正面入り口から登城します。

お参りの人が多い瞬間


二の丸大手門跡にある大鳥居。元の大手道が神社への参道になっています。
案内図を見ると当時、大手門の先には本丸を囲む内堀があったみたい。

人気者だった瞬間


庄内藩主初代酒井忠次から家次、忠勝、9代忠徳の4人が祭神として祀られる庄内神社。
明治10年に旧藩主を慕う地域の人によって本丸跡に創建されたものなんですって。

ハイカラだった瞬間


こちらは本丸中門跡に建つ大宝館。大正天皇の即位を記念して建てられたもの。
今は郷土人物等資料展示施設になっていて、無料で見学することができます。

意外とみごたえだった瞬間


洋風のしゃれた作りの建物内。とはいえ昔の建物なので階段は狭くて超急!
高山樗牛の生家他、松森胤保や中田喜直とか鶴岡出身の方の功績が見られます。

フォトジェニックだった瞬間


堀にかかる本丸中橋を経て、大宝館のところに桝形の中門があったデスね。
春は堀の両側で桜が咲いて、ライトアップされた風景がすごい美しい所。

鶴ヶ岡城は古くは大宝寺城と呼ばれ、鎌倉期から戦国期までは荘内に君臨した
武藤氏の居城でしたが、天正15年(1587)最上氏と争って武藤氏が滅びると、
その後は最上氏と上杉氏の争奪の地となり、一時は上杉氏の支配となりました。

関ヶ原後、再び最上氏の領地になると庄内の拠点として整備され鶴ヶ岡城と改名。
元和8年(1622)最上氏の改易により、信州松代から譜代の酒井忠勝が入国すると
庄内藩14万石として整備拡張され、酒井氏は12代続いて幕末を迎えます。

戊辰戦争では奥羽越列藩同盟の強硬派として新政府に抗戦した末に降伏。
明治4年(1871)の廃藩置県により廃城になると城内の建物は取り壊され、
本丸と二の丸が「鶴岡公園」として整備されました。

エレガントな瞬間


平城の鶴ヶ岡城は3重の堀と土塁に囲まれていて石垣があるのは一部だけ。
近世城郭だけど徳川の世が安定した頃に整備されたから優雅な雰囲気だわw

すでに市民が憩っていた瞬間


土塁もよく残る西側は広場になっています。当時は馬場もあったみたい。
日本さくら名所100選だけに桜の木が多くて、花見の季節はさぞや混むかと。

人の視線が気になる瞬間


広い二の丸をぐるっと回って北側に出たところで高くなった土塁によじ登る!
お〜こっち側は土橋になってんだ〜!・・で下の親子連れと目があったw

ちょい萌えの瞬間


雰囲気がよいから土塁を降りて外北門跡の外にも行ってみた。いい感じ!
ただホントはもっと後ろ下がりたかったけど作業の軽自動車があったからね・・

朝から人出がある瞬間


二の丸の北側はさらに広い!!親子連れがバドミントンしてたり、
公園内にはあやめ園やバラ園なんかもあるし、市民憩いの場なんだね。

セットがデフォだった瞬間


鶴ヶ岡城の後は鶴岡観光のお約束どおり、致道館にも寄ってみた。
国指定史跡なのに大宝館に続きここも見学無料! 鶴岡市は太っぱらヾ(*´∀`*)ノ

ロケにも使われてた瞬間


致道館は文化2年(1805)九代藩主酒井忠徳が創設した庄内藩の藩校。
表御門、聖廟、講堂、御入間などが残る貴重な現存建物なんだそうです。

品格ただよう瞬間


致道館では自主性を重んじ、長所を伸ばす教育が行われたんですって。
知的な藩主に素敵な教育で藩風もよいから領民に慕われたんだなって納得。

吸い寄せられる瞬間


致道館のちょっと先にある鶴岡アートフォーラムで「ダリ展」やってて、
こんなの滅多にない!と思ってすかさず寄ってしまったわ(*°∀°)=3

城のことはふっとんでいた瞬間


有名な絵画の他に彫刻もあり「神曲」の版画も含めて200点の展示は見ごたえ!
時間はあんまりなかったけど、人も少なくて見やすかったし寄ってよかったなw



さて、お次は加藤清正の子、忠廣さんのお墓参りに向かいます。


本住寺にて加藤忠廣のお墓参り〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡



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