天澤寺にて加藤清正のお墓参り

丸岡城の後はすぐ隣にある天澤寺に来ました。
城跡と敷地が続いててお寺の途中にカットインできるんだけど、あえて入口に回ります。

案外なじんでた瞬間


人んちの玄関先みたいな佇まいになってるけど、こちらが参道の入り口。
狭い路地に面した住宅街に連なっているので知らないと一瞬スルーしそうなw

萌える瞬間


門柱の表札には「加藤清正公御墓」とちゃんと書かれています。
加藤家終焉の地でもあり、清正のお墓もあるので多くの人が訪れるそうです。

行き届いている瞬間


左が城跡に続いててカットインするとここに出る→表札見逃し注意w
城側以外にも綺麗な案内板があって、しっかり整備されてるのがうれしい!

どうでもよかった瞬間


お寺の情報がなくて創建とか分からないけど、天澤寺は曹洞宗だそうです。
清正は熱心な日蓮宗のはずだけど、まぁ細かいことは気にしなくていいか!

念入りだった瞬間


境内には清正の虎退治の武勇伝にちなんだ虎の置物がありました。
清正つながりで熊本からくまもんが参拝に来たこともあるそうですw

鼻息が荒くなる瞬間


お目当ては本堂の左側にありました。向かって左の青い屋根が清正閣、
右手は奥に進んで五輪塔があるそうです。城跡でもらった資料お役立ち!

涙ぐましかった瞬間


まずは清正閣から。清正の子、忠廣は改易を命じられて出羽に来る時、
幕府に内緒で清正の遺骨を持ち込み、ひそかにこの地に埋葬するんだけど、
バレたらまずいから居館の奥の大夫石の下にひとまず納めておいて、
天澤寺に清正の鎧を埋めて碑を置いて、供養の場所にしていたんだとか。

妄想の翼が広がる瞬間


発掘されたのは最上胴丸と呼ばれる具足で鑑定の結果、清正の物と推定されるって。
博物館とかで見るような状態ってわけないらしいんだけど、でもちょっと興奮するw

覗きまくった瞬間


アレが熊本特産の島崎石っていうやつかな。中もお手入れされてる感じでした。
毎年7月23日に「清正公祭」があるらしいので、その日は御開帳されたりするのかな。

芸が細かい瞬間


次は五輪塔を見に行きます。こちらは門をくぐって進んで行きます。
上にかかっている丸い銅板みたいのにも虎が彫ってありました。

手厚かった瞬間


正面に「加藤忠廣公家士の墓」がありました。天澤寺に埋葬されていた
加藤家ゆかりの人の墓を昭和56年にここに移転整備したものなのだとか。

前のめる瞬間


奥まったところにある覆堂の中に五輪塔があります。(覆堂は新しい)
昭和24年の発掘調査では肥前弓野窯焼きの骨壺と兜が発見されたんだって!

忠廣さんは居館が大火にあって焼失した後、天澤寺の境内に遺骨を移し、
ほとぼりが冷めてから五輪塔を建てて供養していたんだそうです。

念入りな瞬間


五輪塔地輪には「天保4年12月3日清地院居士敬白」の刻字も入っていたとか。
長らく清正さんの遺骨が納められていたと思うと合掌にも力が入っちゃうなw


よーし満足満足! 


膝のこともあるので、この日は早めに切りあげて鶴岡市郊外の湯田川温泉九兵衛旅館へ。
湯治、美食、ビール爆飲みで、山形出陣2日目に備えますw


鶴ヶ岡城に登城!〜に続く
 


Writen by あも Love城! Go!名所旧跡




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