第2位【ガイウス・ユリウス・カエサル】124.マルサラ出港

 カエサルは、十個軍団の歩兵と騎兵4千を、北アフリカの旧ポンペイウス派の残党との戦いに従えてゆくことにした。新編成の五個軍団と、第九、第十、第十三、第十四軍団の精鋭軍団、そして、第五軍団の名が新たに与えられた、旧名「ひばり軍団」である。

 敵の歩兵、6万と騎兵1万5千に対し、カエサルの指揮下には、歩兵3万と騎兵4千の半分以下の戦力しかいない。カエサルは、北アフリカ以外の地中海世界を制しているため、敵を上回る、兵力の動員が可能であったが、カエサルは、敢えて、それをしていないため、半分以下の兵力でも、十分な勝算があったのであろう。

 更に、北アフリカは、敵地のため、兵糧の補給は、シチリアからの輸送に頼るしかない。

 しかし、カエサルは、戦力の劣勢と兵糧の補給の懸念を意に介していなかった。

 そして、未だ、歩兵1万8千と騎兵2千しか集結していない状態で、マルサラ到着後の一週間後の12月27日、早くも出港したのである。

 シチリア属州総督のアリエヌスには、兵糧補給と、後続軍団が、到着次第、出港させるように指示している。

 カエサルは、上陸地点として、アフリカ属州の東部を選んだ。

 内戦開始当初、クリオは、アフリカ属州の北部に上陸し、ヌミディアのユバ王に敗北して、戦死した。

 アフリカ属州の首都である、ウティカは、属州の北部に存在するため、ウティカを攻める場合、北部に上陸するのが、最短である。旧ポンペイウス派の残党は、ウティカを本拠地としていた。

 しかし、同時にウティカは、敵である、彼等の補給基地でもある。

 シチリア属州からの兵糧補給に頼るしかない、カエサルにとっては、ウティカの近郊で戦うことは、長期戦に持ち込まれた場合、不利となり、ドゥラキウムの二の舞になる可能性があった。

 更に、アフリカ属州の西隣には、最も恐るべき敵、ユバ王のヌミディア王国があった。

 アフリカ属州の東部に上陸すれば、敵は、補給基地のウティカから、200キロ離れた地を、戦場とせざるを得なくなり、かつ、ユバ王は、300キロを踏破しない限り、旧ポンペイウスの残党軍と合流できない。

 カエサルは、まずは、敵から離れた地に上陸したのである。

 しかし、アフリカ属州の東部は、無人の地ではなく、ハドゥルメトゥム、レプティス、タプソスと、城塞都市が点在していた。

 カエサルは、それらの城塞都市を攻撃することで、補給基地のウティカから、敵を誘き出そうと考えていたのである。

 まず、カエサルが先行して、敵に上陸を知らせ、カエサルの上陸と攻撃を知った敵が、ウティカから200キロを南下して来る間に、後続部隊が、シチリアから到着する。

 それを待って、機会を探り、決戦に持ち込むのが、カエサルの戦略であった。

 しかし、カエサルの戦略は、彼の頭の中にあるだけで、一兵卒は、知り得ようもない。

 ガリア戦役を共に戦った、精鋭兵達であれば、カエサルに従っていれば、間違いはないと、確信していたであろうが、アフリカ上陸の第一陣には、新兵が多かった。

 新編成の軍団の新兵達は、年齢が若い上に、カエサルの許で戦った経験がないために、最高司令官に対する、信頼が薄かった。

 特に歩兵1万8千と騎兵2千のみで、歩兵6万と、騎兵1万5千が待つ、敵地に乗り込むことは、彼等には、無謀としか思えなかった。


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