松原八幡神社(姫路市)

 兵庫県姫路市白浜町甲399   電079-245-0413  無料駐車場あります。
 祭神 中殿、品陀和気命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、
    左殿(東殿)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、
    右殿(西殿)、比咩大神(ひめおおかみ、三女神)。

 妻鹿(めが)漁港の漁師・久津里が「八幡」と書かれた1尺(30cm)ほどの霊木を海中から網で拾い上げたので、霊木をお祀りし、763年に豊前・宇佐神宮から分霊を勧請、47代淳仁天皇(733年-765年)により当社が創建された。
 平安時代には松原荘が京都・石清水八幡宮の社領(荘園)となり、当社はその別宮・荘園鎮守となって松原荘を管理した。

 秋季例大祭(10月14日、15日)は勇壮な「灘のけんか祭り」として有名で、兵庫県と姫路市の重要無形民俗文化財に指定されており、テレビで放映される。

 飾磨郡誌によると、神社の東部の地名は、松原八幡宮の勧請先である宇佐八幡宮にちなんで白浜町宇佐崎と名付けられた。
 白浜町宇佐崎南1丁目の海沿いには763年に創建の蛭子神社(ひるこじんじゃ)が鎮座している。更に東南に行くと、的形町福泊(まとがたちょう ふくどまり)に子授け地蔵で有名な八家地蔵(やかじぞう)がある。私も昔、孫の願掛けにお参りしましたよ。

 白浜町の語源は新羅浜と云う。神功皇后が新羅遠征(363年)の帰路、多くの新羅の捕虜などを姫路に住まわせた。人質の新羅王子も姫路に住まわせたか、大和国まで連れて行ったかもしれない。
 新羅王子の名は微叱旱岐(みしこち)で、367年に新羅から使者が3人やって来て、王子を連れて帰る。葛城襲津彦が見張りとして同行したが、対馬で微叱旱岐に逃げられた。
 怒った葛城襲津彦は3人の使者を焼き殺し、新羅(慶尚南道)を攻撃、捕虜を連れ帰った。捕虜は葛城襲津彦の地元・大和国葛城に住まわせた。

[#PARTS|USER|87676#]

  赤い大鳥居、昭和初期まではここが海岸線だった。

d0287413_14292440.jpg

  楼門(随神門、姫路市指定有形文化財、1679年造営)
d0287413_14294638.jpg

  社殿(1718年造営)と右に大きな神木(イチョウ)
d0287413_1430150.jpg

  手前に神木と奥に本殿
d0287413_1430126.jpg

  俱釣社、霊木を海中から拾い上げた漁師・久津里を祀る。
d0287413_14302496.jpg

  神明社
d0287413_14303455.jpg

  宮白稲荷神社
d0287413_14304521.jpg

  白躰社
d0287413_14305531.jpg

 右から恵美酒社(大国主命、蛭子命)、天満社、地神社、八坂社(素戔嗚命)、弁財天社。
 7月には八坂社の祇園祭が執り行われる。
d0287413_14311955.jpg

 右から高良社(武内宿禰)、日清・日露戦没慰霊堂、厳島社、春日社、若宮社。
d0287413_14313124.jpg

Top