法泉寺にて武田勝頼のお墓参り

川尻塚信玄火葬塚の後は法泉寺にやってきました。

古刹の風格があった瞬間


シュッとした鐘楼のある山門は江戸時代の寛永14年(1637)に建てられたもの。
しゃちほこがあるって珍しくない? 甲府市の指定文化財なんだそうです。

静まりかえっていた瞬間


法泉寺は元徳二年(1330)に武田家十代信武が夢窓国師を開山として建てたお寺で、
信武の死後は菩提寺とされますが、一時は寺運が衰えてしまいます。
その後、信玄が先祖が開いた寺として手厚く保護し、甲府五山のひとつとしました。

安定感ハンパなかった瞬間


本堂は延宝8年(1680)建立。日本建築ってホントにすごいよね。
夢窓国師坐像とか勝頼公画像、古文書とか貴重なお宝が残されているそうです。

安心する瞬間


本堂の左手に案内板が出ています。コレを見るとフッと力みが抜けます。
奥に見える経蔵も文化財らしいけど、勝頼は関係ないので見忘れましたw

ロックオンの瞬間


案内板の方向を見ると階段の上にお墓があるのがすぐわかる。近くてナイス!
右の木は山桜。勝頼を葬る時に目印として植えたものなんだとか。(何代目かの木)

泣かせる瞬間


法泉寺殿武田勝頼公之墓の標柱と勝頼軍団戦死将士供養塔が立っています。

天目山で自刃した勝頼の首は信長の命で京の六条川にさらされましたが、
不憫に思った法泉寺の快岳禅師が京に行き、首を譲り受けて甲斐に戻ります。
そして本能寺の変により織田軍が撤退した後、山桜を植えて勝頼を葬りました。

お手入れは万端行き届いていた瞬間


法泉寺を勝頼の菩提寺と定めたのは本能寺の変後、甲斐を治めた家康なんですって。
旧家臣も民も、まずは武田領の人心をつかむって目的があったんでしょうね。

ピンと来てないけど合掌の瞬間


左奥にあるのが武田信武の墓。信武さんは甲斐武田氏中興の祖といわれる人。
足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻した時に従い、功を挙げて甲斐守護になり、
そこからの信成、信春・・・・・9代後が信玄(信晴)につながっていきます。





さて。次回からは山形攻略シーズン2! 最上だらけなエントリーからw


光禅寺にて最上三代のお墓参り〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡



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